昨日ビートたけしさんがメインコメンテーターを務めていた「フジテレビ50年史」という番組が放送されていましたが、その中でとても興味深い話が紹介されていました。

「赤ちゃん斡旋事件」

1973年(昭和48年)の事件なのでまだ私も生まれてないですね^^;

宮城県の「反骨の医師」菊田昇産婦人科医師は、望まれない子供の中絶の多さに心を痛め、そういった子供を逆に子供に恵まれない夫婦に実子として斡旋する活動を行っていました。

こういった活動が明るみになり「虚偽の養子縁組」とし医師法違反にて優生保護法指定医取消、医業停止という処分を受けたそうですが、「生命の尊厳」を守った医師が何故処罰を受けなければならないのか?と世論を二分するような論争に発展したそうです。

しかしながら驚いたのが、菊田医師と同時代に産婦人科医をしていた医師が番組インタビューの中で「表立ってはあまり言えないが、あの頃は多かれ少なかれ皆同じような事をやっていた」「他人の赤ちゃんを実子として書類も作ってあげていた」(←正確には覚えてないですがこんなような事を言っていたと思います)と真顔で答えているのです。。

「おおらかな時代だった。。」

とでも言っておけばいいのでしょうか(゚∇゚ ;)

そんなこんなで論争を巻き起こした菊田医師ですが、菊田医師に同調するようなたくさんの人々が現れ、また世論も新しい法制度を求めるようになり、ついに国を動かし民法を改正し「特別養子制度」を成立させたのです。

「反骨の医師」菊田昇医師 まさに「漢」ですね!!(*´Д`*)